金正恩の「重篤説」と、外交・安全保障上の影響について考える
- Masanobu Matsuura
- 2020年4月28日
- 読了時間: 3分
2020年4月現在、金正恩の「重篤説」が世界を駆け巡っています。きっかけは米国のCNNが、金正恩が術後に「重大な危険に陥った」と報道したことです。日本の政治系・教育系YouTuberも盛んに取り上げ、アクセス数を増加させているようです。
こうした一連の「重篤説」について、エキスパートはどう見ているのでしょうか。慶應大学の礒﨑敦仁准教授と毎日新聞記者の元ソウル支局長である澤田克己氏は、WEDGE(2020.4.25)に「金正恩「重篤説」への高まる疑問」という記事を掲載しています。この記事では、過去の北朝鮮の政治史を振り返りつつ、「重篤説」をどのように検証するべきか冷静な視点を提供し、参考になります。
金正恩の健康状態について、私は知る立場にありませんが、いくつか重要な点を指摘できます。第一に、今回の「重篤説」に対して、対北抑止を担っている日米韓の各政府が、公式的に大きな動きを見せていないという点です。
仮に、米国が金正恩が重篤であることから、北東アジアに不安定な要素があると判断すれば、駐韓米軍と後方支援を担う駐日米軍に何らかの動きが現れます。例えば、警戒レベルを上げるであるとか、軍人の家族を避難させるNEO(非戦闘員退避活動)を実施する等の形をとることになります。しかし現在までのところ、こうした兆候は見られません。
第二に、日韓関係は外交問題が山積していますが、対北抑止に関していえば、日米韓は情報共有を含めて、緊密に連携しているため、朝鮮半島に危機的な状況が訪れている情報が日本政府に入った時点で、緊急の国家安全保障会議(NSC)を開催するはずです。しかし、政府HPを見ると、日本政府は、4月28日現在までのところ、この件に関するNSCを開いていません。このことから、朝鮮半島情勢を不安定視していないことが確認されます。
ちなみに、国家安全保障会議とは、「国家安全保障に関する重要事項および重大緊急事態への対処を審議する」目的で内閣に設置されました。日本版NSCといわれています。
第三に、北朝鮮国内の報道によれば、金正恩の健康を示す決定的な写真がないという点以外で、特段の異変が見られません。真偽の程は定かではないものの、労働新聞は現在まで、指導者の健在ぶりをアピールし続けています。例えば、4月28日付けの朝鮮労働党の『労働新聞』では、金正恩が、南アフリカ共和国の大統領に祝電を送っています([전문] 경애하는 최고령도자김정은동지께서 남아프리카공화국 대통령에게 축전을 보내시였다)。
以上のような点を踏まえた上で、日本にとって今後の何が重要なポイントになるのでしょうか。私は、次の2点を指摘します。
第一に、金正恩以外の政治家に関するプロパガンダが行われるのか?
例:最高人民会議長の崔龍海
第二に、そもそも金正恩が(植物人間になり政治的な意味を含めて)死亡した場合、北朝鮮の個人独裁体制と「ウリ式社会主義」に基づく権威主義体制が崩壊するのか?
第一の問いに対しては、北の媒体を日々分析するほかないでしょう。個人崇拝にせよ、集団的補佐体制をとるにせよ、それなりの歳月が必要になります。金日成も金正日も20年以上かけてゆっくりと独裁体制を構築してきた歴史があります。金正恩の権力継承が例外的に短期間で終わらせたといえるでしょう。
また、第二の問いに対する答えは、「否」でしょう。北朝鮮では、大衆動員のための「人民」は存在しますが、近代的な意味での「市民」は存在しません。さらに、クーデターの主体となり得る軍部についても弱体化が指摘されており、労働党が指導を発揮する構図に変化は見られません。
そうであるならば、現在、世界を騒がす金正恩の重篤説には、思った程、外交・安全保障上の重大な意味はないとも言えます。つまり、新たな権力者が浮上することで、核ミサイルの開発が止まる訳でもなく、民主化される訳でもなく、朝鮮半島情勢に大きな変化は起こらないと言えそうです。周辺国は「コロナ事態」への対応と今後の経済回復で手一杯でしょうから、本音を言えば、米国、中国、日本、韓国、ロシアも、こうした状況を歓迎しているのかもしれません。
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